最強伝説。
ADCの審査会で、石内都さんの、幾多の本の装幀を手がけている原耕一氏との談話での一言。
「彼女は、最強だ!」というセリフ。
その最強の言葉の中に、女性差別などは、もちろんなく、ただ、「写真界の最強」というという事と受け取った。
今日、AKAAKAの姫野さんの計らいで、石内さんの新作写真集「イノセンス」の打ち上げがあった。
そこで、最強である所以を垣間見た。
彼女は、自分が、女性である事を深く認識していて、それが、写真という創作の結果にも、浅からず関係している事を強く語った。
果てしなく、険しい道程が、今日も、自分の前に現れた。
どうして、写真を携わるものに、運命的に、このような試練が常に付きまとうのだろう?
望んでいるのか? 写真という表現の属性なのか?
先日、何かの本で読んだ、うろ覚えの話をした。
それは、「芸術表現は、評価されるまで、基本的に30年は掛かり、もっといえば、どんなに寿命が延びようとも、死後から評価が高まる。よって、創作者は、自分への正確な評価を、目撃できない」というようなもの。
還暦を迎え、そして、女性の石打さんには、とても失礼な事かもしれないが、それでも話した。
石内さんが、そんな事は解ってる事と想像出来るし、僕からはただ、応援したいという純粋な気持ちだけだからだ。
生きるという事は、それだけで、とても大変だと思う。
創作者には、なおさらだ。
だからこそ、創作者に取って、生命への興味がなくなったら、ただ、おしまいに向かうだけという過酷な事なのだろうと感じる。
彼女を見送りがてら、その後ろ姿の背筋を見た。
戦士のようなそれは、後50年は生きるという、彼女の言葉とおりの意思を感じ、既に僕は負けていると素直に思った(笑)
