一昨日、昨日、今日の記録。
一昨日、昨日、今日の記録。
忘れてしまうと思うので、最近の本来のブログの役割である記録を書きます。
一昨日、3人の若手写真家に作品を見せてもらう。
始めの二人は、コマーシャル界の大先生の元アシスタント。
一人は、うろつくように徘徊しながら、作品を撮る人で、吉永マサユキさんのワークショップの生徒。
良い悪いではなく、それぞれの、写真への姿勢のコントラストが、浮き彫りになった。
技術より、モチーフがやはり大切なのだと感じた。
(強引な僕の写真の話と社会の関係を知りたく)それぞれ、写真の話から離れた。
写真は、大概、目の前に起こる事。
それが、テレビであっても同じ。
あまりにもネガティブな事件が多いけれど、
それは、時代の間接的に現れる切れ端のような事と感じる。
テレビ写し出されたそれは、報道のカメラマンを通している。
けれど、歴史的に何度もくりかしてきたと思うが、今の日本も、それも写真にする事が大切と感じた。
昨日は、朝、ロッキングオンのある単行本の表紙について。
特に装丁の場合、殆ど、プレゼンというカタチは取らない。
いくつかのラフを渡して委ねる。
分かるか、分からないかのそれだけの残酷な世界。
しかし、あたまが良いから、すぐ、理解される。
説明を言葉で装飾したりは、ほとんどしないが、大絶賛をあびる。
あと、作家がどのようにかんじるかだ。
その後、いろんなうちあわせの最後に、東京TDCの理事会。
日が延びたせいもあり、勘違いして1時間の遅刻。(汗)
その後、朝まで呑んだんだけど、体がついていかない。
しかし、最終的に残ったのは、5人だけど、恒例の呑み、心休まる妖怪の集まり。
僕の中で、どんどん、自分の行方や居場所が分からなくなる。
こんな、奇跡のように楽しい世界を体感出来るのは、誰でも見られる世界ではないので光栄だ。
痛飲で、胃薬を飲みながらも、幸福を感じる。
今日。
朝から、ロンドンの取材でお世話になった、POCKO関係の西原さんという友人と一緒に、パリのクリエイティビディレクターclam氏と面談。
表現にボダーなしとい彼の守備の広さにびっくり。
小学校までは、ナイジェルア育ちなので、のんびりしてると想像しがちだけれど、あまりに凄いスピードに追いつけない。
30歳にしか見えないに、実際は、41歳だって。
そろそろ、自分のやりたいことだけに集中したいというヨーロッパ独特の考えを聴いたが、ピンとこない。
どうも、忙しすぎる事が好きで好きたまらないよう。
普通に休息について聞いてみた。
「休息は、大嫌い。あなたと話すような、いまの時間が休息だよ」
わけわらん!
仕事好きの日本人、負けてるわ〜と感じた!
で、今度、(きっと手を引かれながら)一緒になにか始めると思う。
その後、シュウゴアーツである作家の本の構成のチェックと表紙撮影。
作家は静かに破綻していた。
言葉がみつからない。
新作のペインテングを見た。
二匹の蜂が踊っている。
軌跡は、たとえが間違っているけれど、谷岡ヤスジのように、数字の8を描くきながら、そして、脳裏に記憶しているように、再生している。
絵が欲しいけれど、環境には無いのが、東京の現実。
光と、天井高と空間の広さ。
あっとには、無駄と思えるそのような空間がないと、見る事も出来ない。
中国にすでに負けるてる!
あまりにも、二日酔いが激しく、フラフラしながら、
シマブクさんと米田さんの写真が何処に飾れないかと頭で想像しながら。