テレビを見ると。
僕はテレビ好きだが、ほとんど見ない。
ニュースとドキュメント、お笑い、地球遺産しか、興味がないけれど、それもほとんど見ない。時間が他に費やされているから。
言い訳は、子供が優先権を持ってるから。
そしてホントに見たければ録画をすればいいだけの話なんだけど、そこまで、気持ちが回らない。(正確には録画の仕方が良く分からない)
で、今日、久しぶりにニュースを見た。
新風舍という出版会社がつぶれたというニュース。
新風舍は、出版社の形をした、通常の編集者の目には止まらないモノ(全てではないが)を、出版する会社。
実際は自費出版なのだが、「出版社という編集者の目を通して、出来たもの」と見えて、自費出版には見えないものが多い。(出版には、持ち込みも多く、それを否定してるわけでは決してない。)そこには、実際素晴らしい才能ないわけではないのだが、不透明なモノが蔓延っていて、それを食い物にしていると言っても間違っていないと思う。
もしくは、著者と出版社のお互いの思惑の相互利益が成り立っていると思う。
実は、もう、10程前になるが、この出版社と関係を持った事がある。
ひとつは、ある詩人の本のデザイン。
本を出版するまでのいきさつは深く知らないが、著者には才能があったので、通常の仕事でした。
その後、ある写真集を手がけた。
それは、新風舍が作った、「○○写真家の賞」という名の公募展なのだが、ある写真家が決めた1等は僕がデザインした写真集を無料で制作できるというもの。それは、問題ない。問題は2等以外も僕のデザインで、出版が出来き、しかし実態は著者が自費出版が出来るより、はるかに高い料金で、作るれるというものだった。
出版社からしたら、こちらが目当て。
これは、純粋な写真家の気持ちを踏みにじる行為。
そのカラクリを知った時、僕は、呆然とした。
自分も、著者からしたら加害者側になったからだ。
出版社の誤算は、僕が究明をやったところ。
また、仕事の前に詳しくしらべなかった事も僕の責任であって、今も頭をなやましている。
その後の僕のクレームで、書店で売る為のいろんなアイデアをすべて回収し、また、社長を呼んで何事かと説明を問いた。
しかしこの期に及んでも、次回をどうしようかと、話をそらすタフ?さに、めまいがした。
そして10年、やっぱり今日のテレビで。
形は変わっても、同じような事はどんどんおこる。
自分にもたくさんのすねに傷がある。
しかし、この不毛な、どんよりした空気から逸脱したいと思うのだ。
また、いろんなところで似た構造で、逆にデザインが、大きな力を使って、何事もなかったように人目をふれないように、闇に葬られる事を聞き、泣きたくなる。
ただ、こうして以前に自分も加害者側に立ってる訳で、その構造は同じなのかもしれない。
やっぱり後ろめたいのです。