Deprecated: Assigning the return value of new by reference is deprecated in /home/users/1/sub.jp-nkjm-d/web/blog/wp-includes/cache.php on line 99

Deprecated: Assigning the return value of new by reference is deprecated in /home/users/1/sub.jp-nkjm-d/web/blog/wp-includes/query.php on line 21

Deprecated: Assigning the return value of new by reference is deprecated in /home/users/1/sub.jp-nkjm-d/web/blog/wp-includes/theme.php on line 576
Hideki NAKAJIMA: Blog» ブログアーカイブ » 塩竈のポートフォリオ・レヴューと居酒屋トークショー

塩竈のポートフォリオ・レヴューと居酒屋トークショー

塩竈のポートフォリオ・レヴューと居酒屋トークショーから帰ってきました。
ちょっと、早めに東京駅に到着したので、夕食をと思い回転寿司を発見し飛び込みました。というのも、何日か前にダウンタウンの番組で、回転寿司に、何枚の皿があるかを、数えるため、大人数で食べ尽くすという内容の番組があって、自分ならどれだけ食べられるのかな?と思っていたので、少し挑戦を。
しかし、たった4皿でお腹いっぱいな自分に情けなくなりました。
普段、夕食はもっと夜遅く食べてるからという事にして、自分に言い聞かせました(泣)。
大体、食事は一日一食だし。

バタバタの中、金曜の夜中に到着するも、いきなり、スナックでみんなが呑んでいるとの事で、予定外の行動に。新幹線の中でワンカップをいくつか呑んで、到着したら明日の為にベッドへ直行と思っていたのですが〜。

次の日、時間を間違えて何故か早起きしてしまい、読書。
とても、人生において、為になる現代新書のある本。
強者がたくさん出て来て、自分には全く知恵がない事にびっくり(笑)

そして、ポートフォリオ・レヴューへ突入。
すでに予選を勝ち抜いた、日本全国の45名の程の参加者がありました。
年齢層も基本的には若い人が多いが、年配の方もおられました。
進行は、9名のレビュアーが一人20分づつ、10〜11名の写真を、ギャラリーを囲んで講評するというシステム。途中休憩を20分の2回ありましたが、気が付くと押せ押せになって、休み事なく、逆に待ってもらう事になりました。そんななので、食事もナシ。
(本音では、時間、少な過ぎると思っていた)
レビュー後、見ていない参加者のブックを見て、各々が5〜10人を選びました。

公の為、事務所で見るのと違うだろうと、勝手に想像していましたが、全く同じでした(^^;
多分、「熱中し過ぎて、周りにギャラリーがいた事に、気づかなかった」からという間抜けな理由だったかも(^^;

僕は、「講評はクリエィティブである」と考えているので、コトバはきついが、真剣に。
真剣だったら、それでいいのかというと、また違う。
鑑賞ではないので、感想ではない。
また撮影者も違うので、短時間に、それに合わせた見方をするしかない。
それは、その人の人生がどう関わっているのか、深く関係していて、写真に対し、どう向き合っているかという態度を想像する事。
写真家が写した写真に対して、どのように見えているのかと言う事を教えてもらう事。

それにしても、初めてのそれも東北という距離的には、ハンデがある土地であるのにも関わらず、自腹で全員が参加した事にびっくり。
神戸や大阪の方も多く、それは、写真に向き合っている真剣さの証拠のひとつ。
写真の層の厚さに嬉しくなるし、対峙する事に当然時間を取られる結果に。
もっと言えば、僕はやっぱり写真に助けられて、勇気づけられて生きている事を再確認できた。
僕は、それを、デザインという自分の職業でどう、対峙すし見つめるかという事。

毎月おおよそ、7〜8人の写真家を見ている。
おおよそ、年間100人。これを、ADになって以来16年間続けている。
何度も来られる方もいるが、のべ1600人。
見る目を養ってくれたその方々に感謝。
それが、今回にも繋がったと自負する。
自慢でもなんでもないが、今回、僕に見てほしいという注文の方も多く、嬉く、そして誇りにも思う。
また、審査結果も8割当てはまり、100点と思っていた3人も、そのまま光が当たった。
しかし、そこから漏れてしまった方々も実は才能のある方々が多かった。点数制でなく、単純に5〜10人を選ぶ投票だったせいもあり、漏れてしまった方も多いのは事実だ。
それが審査の難しいところだし、絶対的な解決のない永遠のテーマ。

しかし、才能は誰かが絶対見ているし、出てくる人は必ず出てくると思っている。
ただ、時間がかかるのだ。
また、写真が良い事と、仕事が多いという事は、繋がらない。
基本的には、全く別だから。
(能動的に撮る写真「自分から撮りたい思う写真」と、受動的に撮る写真「自分には、撮る根拠はなく、撮ってもらいたいという、オーダーで成り立っている」は、おのずと構造が違うからです。日本において、仕事としての写真は、大旨、人物撮影が多く、たとえば風景写真家は、その時点で仕事が少ない。結果、依頼写真の仕事量と、才能とは、比例しない。写真の発表に場が、偏っているから。)
少しの救いは、近代美術までのおおよそは、亡くなってから評価が高まるが、現代では生きている時に評価されるところ。(これも、全てではないですし、真に正当評価されるのは、やっぱり亡くなって以降が多いのですが。)
まぁ、これは、創作全般に言える事で、写真に限った事ではないですし、もっと、ロマンティックに考えれば、亡くなって創作物が一人歩きして行く事は、素晴らしい事と思う。なぜなら、それは、「消えない古典に相応しくなった」からだ)

居酒屋、トークショー。
審査後で、なんだか、みんな疲れもあり、ぐにゃぐにゃでした。その後のスナックでのカラオケやらでも呑まれました。
(今も帰ってきて、それもこんな時間に呑んでいるので、4日間も呑まれっぱなし!。正直、写真が頭から離れず、クールダウンの為のお酒なんですが、強烈で濃い経験だったので無理でしょう。)

休みを遠くに手弁当で行き、ホントに疲れきりましたが価値のある事でした。
しかし、同時に、たくさんの疑問も残りました。

コメントは受け付けていません。