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偶然? ネット・ワーク。世界は凄いな。

イニシャルの誤植だらけで、修正しました。
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一昨日、ジョナサンの来襲から少し後、僕はジョナサンも関係しているニューヨークのRS氏の件でNS女史にメールをしました。

5分後ベルリン在住で、現在は展覧会である都市に向かっているS氏にメールを。

その5分後、グラーツのSF氏が、そのベルリンに立つとの事を知る。
以前、SF氏は、ベルリン在住のS氏とパートナーのNR女史と、会えるかもと楽しみにしていましたが、その時メキシコへいるとの事でような事情で、あいにく交差。
S氏、NR女史も残念がっていました。

SF氏のベルリンへの目的の一つに、僕が先週ご一緒したA氏のベルリンでの展覧会を見に行くとの事。

その後、ロンドンのRS女史からメールが入る。
来日中に会えなかった、RS女史がロンドンに着いて、明日ジョナサン夫妻と会食するとの事。(RS女史は、SF氏と創作を通じて深い関係)

また、RS女史は、昨日、KS氏とお昼をご一緒したとの事で、僕の本の話題に出たそう。
しかし、その時は既に僕の本は、丁度、送られた後。

さらに、僕はKS氏の仕事のお手伝いの最中。
このメールを読む5分前に、僕は電話でたったさっき東京に帰って来たロンドン帰りのKS氏と話していた。

で、RS女史のロンドンでの身元引受人は、ジョナサンのパートナーのYT女史。
YT女史は、昨日メールを送ったS氏のパートナーのNR女史と同郷で、日本のギャラリーも一緒。
ちなみに、S氏のパートナーのNR女史も、僕の妹と同じ高校出身。

また、ジョナサンは、ニョーヨークのSN氏のレーベルのブランディングをしている。
一昨日、僕の事務所を訪れた後に、ジョナサンが向かった先は、KS氏が撮影し僕がデザインした写真集の会社。
そして、そのブランディングもジョナサンが手がけている。

いやぁ〜〜〜複雑なのか、ドッキリなのか。

ホントは、もっと複雑な事も。
RS女史の本の印刷は、H市在住のS氏の仕事を通して知合ったところ。
そのS氏から、昨日、メール頂いたばかり。

さらに、S氏に懇意にしておられるSS氏は、先ほどのS氏とYSの所属しているギャラリーのオーナーで、僕が連絡を取り合っている最中。

また、同じく、NTギャラリーもS氏と懇意にされていて、丁度、メールを頂いた時で、また、S氏のコレクションにもなっているMH女史の写真集が、その印刷所から出来上がったところ。

NTギャラリーは間に入っていて、スポンサーは、F市のD。
(偶然なのか、僕の仕事仲間の後輩)
そして、H市におられる氏と深いパイプを持っている。

ちなみに、その写真集のMH女史も、ロンドンに着いたばかりで、丁度アパートが決まったとの事のメールをもらう。

この2〜3日の世界を駆け巡る、けれど単なる偶然が重なる。

読んでも、イニシャルだらけで、全く分からないと思う(^^;

だって、クモの巣のようなネットだから。
インターネットって、こういう意味なのかな?
バーチャルなのか、現実なのか。

全く別に、噂をすれば、なんとやらで半沢健くんがいきなり来襲。
今度、出版する写真集のラフを持って来た。
営業なのか、何なのか。
この人は、一直線だから、同じ職業にの方でも、人は人。
同業者には、全く興味がないようで、自分が一番。
それは、彼が、10年以上前にチーマーのリーダーだったころと変わっていない。
ほぼ、ヒッピーのお父さんと、そっくり。
血は、水よりも濃いのが良く分かる。
まだ、写真は成長途中だけれど、人として純粋に信じられる。
もっと、言えば、僕の何倍も人生を謳歌している。

またまた、話は飛びますが、この前の日曜日に、松井冬子さんのドキュメンタリーを見た。
ずっと、気にしていた人。
原画を見る以前の印刷物だけでも吸い込まれる。
溺れても良いと感じる。
すべてが、素晴らし過ぎる。
本人も素晴らしく、ただ、美しい。
美しすぎて、キズ付きやすいのか、防御なのか過剰にならざるおえない。
当然、創作に対しても。
しかし、そんな単純なものを背負っている分けではない。

ただ、細く、神々しいまでの、ある天に向かう糸のよう。
そこには、ネットではない。
一本だから。
ただ、そのひとすじの、切れるかもしれない繊細でまっすぐな、一本の糸があるように感じた。
斜陽の光の中で笑っている姿が、未来を暗示しているようでした。
最高級。

成山画廊に、行こうかな。

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