考えているんだろうか?自分?
ほとんど、反射神経にたよって、仕事をしている自分に邂逅する。
それは、元々もったモノだけれど、経験値も大きい。
ずっと、昔も書いたけれど、器が大きくないので、入る量が少ない。
結果、大量に入る情報は、処理を速くするしかない、といような原理で出来ている。
理想は、器(情報を受け取る量)が大きく、処理能力も高い事。
あ〜〜〜あ〜〜〜〜〜。
今日は、朝からある二人の写真家の作品に始まる。
始めの海外の方は、作品の前に通訳が、あまりにも専門から遠く、
ポイントを通訳してくれなく、疲れきる。
だって、英語が話せない僕でも、彼が言っている事の方が解るんだから。。。
その後、旧友のピアニスト谷川さんと打ち合わせ。
もう、10年以上あっていなかったけれど、
はなしには聞いていたが、実際の彼女には凄まじい10年だったよう。
でも、10年以上会っていなかってなんて、全く感じなかった。
彼女が、掴んだ幸せを想像するしかなかったけれど、
自分には出来ないと、男の直感?で、ひるみました!
その後、カットのセレクトで、北井さんと、打ち合わせ。
現場での戦場のような出来事は何もなかったような、冷静さは、
彼が、小学校から大阪の南でいろんな(ここでは、言えない凄い)
事件を普通に目のあたりにして、培ってきたからだと思う。
なんで、あんなにファッショナブルでシャープな写真なのに、
実は深海の底のような事が、今日も、見せつけられる。
グレースのカタログでも、一番危険な、現地の人も行かない場所へ、
モデルをやわらかなにでも、きっと強引に撮影してしまうのも、
経験値のような。
とても、やさしく、デリケートな人柄もそこに関係しているのかな?
もしかしたら、一番、怖いもの知らずかも。
そして、殿村さんと、赤々舍の姫野さんと最終校正の確認。
ほとんど、素晴らしい出来だが、見過ぎて細かい欠点が、全員、見え過ぎ。
でも、印刷にもっとも適さない紙なので、高い妥協点を探す事に。
帯の推薦文は、荒木さん。
殿村さんの人世の高い山脈は、まだまだ続くのだろう!
その奇麗な目を見ていると、またもや、うれしくなる。
陰ながら、応援して来て良かったと思う。
その後は、後藤さんと、4〜5件の打ち合わせ & 雑談。
道すがら、二人に出会って来たとの事。
そして、いつもながら、するどい突っ込みの初動。
「表現に達するまでの、必然なんて信じない」というくだりが、爆発的に衝撃でした。
僕は、反撃的に?高松さんの図録の色校正を見せる。
うなってました。
美術は凄い。
そして、普通に打ち合わせ。
永い付き合いなので、コトバはすくないけれど、ほとんど、言いたい事は理解出来る。
信頼なのかな?
戦友なのだろう。
間違っているかもしれないけれど、自分のコトバのように思う。
まぁ、誤訳なんて、僕には普通で困った事なんてないし。
その後、谷川俊太郎さんのコトバの本のいろいろ。
吉本隆明氏の批評を借りれば、(他者の)昭和史の3人の詩人を
田村隆一氏、吉増剛造氏、そして、谷川俊太郎氏になるそう。
仕事として、谷川さんにだけ触れた事がなかったので、
まったく、違う方からも、興味津々。
夜、ロンドンから電話。
英語は話せません。
ただ、へたくそないつもの英語で、伝えたい最低限の事を赤ちゃんのように話す。
たぶん、「こいつ、バカだな!」と、思うかもしれないけれど。
ロンドンから、良くある電話に、自分がなにも出来なく悲しくなる。
しかし、今度の個展のコトバをエミリー・キング女史にお願いする事に。
(フリーズという雑誌を中心に、アラン・フィッチャーとか、
ピーター・サビルのデザイン評論家)
彼女、引き受けてくれたらいいのに。
何度も会っているから、きっとと、願う。
帰って、子供達の顔を見る。
いろんな顔。
多分、今日もこれから、手を繋いでねむるんだろうな。
(2時過ぎから!笑)