佐内正史さんの展覧会へ行ってきました。
ご無沙汰しております。
今日は、岡本太郎美術館で行われている、
佐内正史さんの展覧会へ行ってきました。
会場内で行われていた、ラジオ放送も思いかけずに遭遇できて、
本人に一事でも、会話出来た事が嬉しかった。
ホントは、もっと、早く駆けつけたかったのですが、
この微妙な時間と距離や会場。
行って見なければ分からない何かがたくさんある事も想像出来ますから、
少しの覚悟の為、なかなか時間を作れませんでした。
(こういうのは、出会いで、強引にでも自分をひっぱらないと、
体験出来ない事は、十分、知りつつも。)
一言、彼にしか出来ない素晴らしい見せ方の展覧会でした。
それは、写真そのものを見せるというところより、
「自分の写真への携わり方も含めてが、写真なのだ」という
少し当たり前だけど、風化しそうな風潮に合わせるかのごとく、
彼の初心から続いている写真へのあこがれが見ました。
たくさん、戦ってきた痕跡。
彼から写真の表現を通して出会って、25年近くなると思います。
彼との出会い。
それは、彼がデビュー時にいくつかの賞をもらった後でしたが、
そんな事は、僕にはどうでもいい事。
彼は、荻窪だったかな?に住んでいて、
新しい才能の集まる現像所からか、聞きつけたのか、
僕のところへ、やってきました。
動機は、奇麗な不純なものでしたが、その年代や時代の持っている、
安っぽちな、「根拠なき、自身の初期衝動」だけに、突き動かされてると感じました。
簡単に言ってしまうと、「いらだち」というやつです。
ほぼ、毎日、50ccのバイクで、近くもないところから過去の作品を見せらました。
それは、ちょうど、ベックが、ドアを開けて新しい光景を刻みたいと、
思った時期と重なります。
最新作「赤車」と、「当時10年落ちのフル装備のマーク2」
彼は、いまだに、自分の写真を分かってもらっていないと、
僕に思っているだろう。
僕は、始めて彼からもらった歩道橋の写真を大切に持っている。
安いシルバーのフレームに、斜めにほどこしたマウントの写真を持ってきてくれた。
マウントの中は、黒白の歩道橋の写真。
マウントには、ボールペンで、「メタリック」の文字。
僕らは、長い間、一緒に過ごしたけれど、
その姿勢から、変化はすれど、基本、一つも変わらないのだ。
展覧会の一番の醍醐味である、「写真の見せ方の新しい表現」は、
カタチだけがあって、肝心の深いところへ到達するまで、
写真集の中を見せて再確認しているようなところがあって、
さらに随分時間を使うところが、今一歩でしたが、
彼の今は、これで間違っていないと確信する。
帰って、電話などめったにしない、佐内君から
電話が。
それは、そういう大きな事の第三者からの発言を聞きたかったのだろう。
新しいチャレンジには、多数の意見があつまるのは、決まって言える。
単に、「僕は、このままいってね!」と、背中をたたきました。
来年初頭まで、行われてますので、行ってください。