センターの話。
先日、紙面に於けるセンターに配置するとき、人の目は何故か下がって見えてしまうという話をしましたが、実は、僕もその事を逆手に取り、挑んだ経験があります。
それは、発売中の「Clear in the Fog」のブックデザインで行ないました。
正方形のデザインのページを見れば分かりやすいと思います。
天地をはかれば、わかりやすいですが、ドセンター(多少の断裁のずれがありますが)
しかし、紙面を開いてみるとそう感じさせません。
むしろ上がって見えます。
なぜなら、ハードカバーのチリが、下だけ本文より10ミリ上がっているからです。左右と上は3ミリです。
ページの厚さと、チリが10ミリある関係で、やや上がって見える設計をしました。
僕が手がけるデザインには、隠しわざが必ずと言っていいほど、入っています。
初挑戦は、坂本龍一さんがオペラを行なった時に作った「サンプルド・ライフ」のアートボックスが最初だったと記憶しています。
隠し技を徹底的に行ないました。
それは結果、「同じものを所有しているのにもかかわらず、同等の情報を受け取っていない」という主旨を裏読みさせるように制作しました。
グラフィックデザインの定義の真逆です。
他でも、全ては書けませんが、gggでの展覧会で11枚の連作ポスター。
例えば、電気を消したら、グリーンに発行したり、太陽光線に当てると見えないデザインが現れたり、電話の領収書のように、めくってみたら、写真が現れたり。
最近では、講談社の大澤真幸さんの本「ナショナリズムの由来」での表紙を裏表紙。(画像は少し前の日記に出ています)
僕は特にそうなんだけど、何かに集中してる時は、右手にペンをもって意味のない絵をかいたりします。難しければ、よけいそのような力の逃げ場みたいなものが必要です。
本がやたらと厚いです。集中力を持続させる為に、何かが必要と考えました。
そこで、本のハードカバーに、10円だま大の、丸いあなを開けました(外からはみえません)
自分で読み見始めました。
知っているのにもかかわらず、無意識に穴を捜し始め、始めは裏表紙側、最後の方は表紙側の輪郭に沿って、指でこすっていました。
やりました。こすりすぎて穴をあけちゃう人がいたら、最高!
より、ペンも使いやすくなるであろうし、どんどん、汚れ、その人のものになっていくと思うのです。
こうして、より文章に集中出来ると確信を持ちました。
本を大切にするというのは、きれいに汚さないでおく、という事と比例しません。
いろんな方法があると、考えています。
また、雑誌で、1〜2ページで終るコラムとか、逆に読みずらくする事も多いです。
80年代の終わりだったかな。ブロディーが提唱した、ディス・コミュニケーションという概念です。
どういうことかというと、読みづらくする事で、積極的な読者は、より強い態度で、読もうという力が働きます。
結果、深いコミュニケーションになるのです。
これは、雑誌や活字メディアの情報の氾濫の影響もあり、読者から選ばれる為に、逆手に取った方法です。
このように、短いコラム等の情報は、文字数に制限があります。
また、ぎゅうぎゅうづめでは、余計に、読む気を失います。
読むやすいというのは、忘れやすいに変化してしまうのです。
このような変則的な文字組は、なかなか、長いテキストや小説には向いていません。
もっといえば、イライラするだけです。
しかし、よしもとばななさんの小説と、奈良美智さんの合作である「ひな菊の人生」では、これを、可能にしました。
いろんな所以は省きますが、最終決定権をもっていた、ばななさんが、何もためらわずにOKを出して頂いた時、僕自身の方が、びっくりしました。
また、2006年のADC年鑑のデザインは、僕が担当しました。薔薇の表紙のモノです。
本自身の内容は、ほぼ得票数の順という決まり事があるため、どうも、図録になってしまいがちです(図録なんですが)。そこで、ハードカバーの表2(表紙の裏側)の部分のチップボードに印刷を施しました。
黄べたの見返しが、その上を覆い隠し、のり付けされているので、全く見えません。
読めるとしたら、あやまって、水をこぼしてしまい、表2に印刷された文章を発見してしまったとか、時間や保存状況によって、はがれ始めて発見したりというものです。
ただの想像ですが。
そこに書いて頂いた文章は、シマブクさんです。
彼はアートの人です。
また、ADC(東京アート・ディレクターズ・クラブ)のAは、アートのAです。
アートの人が個人的なアートの話をみえないところで語るのは、それだけで、楽しくなります。
(印刷コストもほとんど変わりません。
レントゲンとりたいなといろいろ捜しましたが、見つかりませんでした。
それで、なんとなく、見えてくるような映像を、昔のアシスタントに作ってもらいうました。)
僕は、彼を想像して、良く世界のいたるところできく、逸話のようなものになったらと思ったのです。彼の作品とも、多少かぶるし。
具体的には、棟梁が、こっそり、カンナ等屋根裏の柱にかくしてたとか、クラシックカーの難しい車の修理(リストア)の職人が、ボディーの裏側に、自分の好きな女の名前とか、エロいマンガをかいたとか、そんな類いのいたずら。
見つかるなんて、ほんと偶然でしかありません。
でも、見つかるかもしれません。(水かけないでね)
本の主題はやはり、その内容。
それを、少しいたずらして、引っ越しの時に、売ろうとか思わないで、なるべく大切にして欲しいというのが、僕の気持ちです。