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Hideki NAKAJIMA: Blog» ブログアーカイブ » ファッション

ファッション

片付けが、どうのこのうと言う前に、仕事はお構いなしに進んでいく。
今日は、朝から高橋恭二さんからの紹介で、アンダース氏の写真を見せてもらう。

彼は、フランスのパープルで新しい価値観を提示し、また奥様がマルタンマルジェラに近しい人で合ったため、ファッションの世界に精通する。
しかし、彼はけっして、ファッション・ピープルではない。
あのMIUMIUの世界キャンペーンを手がけたと言えば、名刺代わりになるのであろうが、それは、断面。
鈴木親くんいわく、10年前にアシスタントになりたく、彼を訪れた際、「彼の写真は、ファッションの切り口だけれども、実は、望遠で、ファッションもドキュメンタリーもポートレイトも風景写真も一枚の写真に、平等に描かれている」との事。
その変な切り口を理解出来るところで、お前は才能がある。
すぐ、パープルに紹介の電話をするからとの事。
その後、親君は、いきなり表紙巻頭をする事に。
実は東京の写真シーンにもずいぶん影響をもたらしているのです。

この時代の、この空気で少しファッションを感じるのは、僕が個人的に通って来たあの10年前の、あの風景に似ている。
僕はファッションに無頓着な方なんだけど、何故かそこが良かったみたいです。
ものを作る人の頭の中に興味があったので、特に垣根を感じる事は少なかった。

始めは、MATSUDAのキャンペーンがきっかけでした。
リチャード・プリンス/ウルフギャング・ティルマンズ/ナン・ゴールディン/ジャック・ピアソン/田辺ヒロシ/ローリー・アンダーソンなどなど、豪華な顔ぶれ。
あそれも、ファッションシーンとは無縁の写真家に依頼をした。
実現するなんてと、今でも思う。
また、単に個人的に見てみたいものを注文したりした。
例えば、ジャック・ピアソンへ、モデルにひとりの実のお母さんに着せて欲しいとか。

また、別のシーズンの仕事でローリー・アンダーソンの詩を取り入れたかった。
最初は出来ないと言った
けれど、詩ではなく思い出の場所の事を書いてと言ったら速攻に仕上げて来た。
少し、ベルベット・アンダーグランドの音が耳に入った。

その後、ファッションの世界の仕事が多くなった。
プレスを通し、直接デザイナーと話がしたいと言いつづけた。

いつの間にか舞台はイッセイ・ミヤケも手掛けた。
何のキャペーンか分からないようにというアイデアにした。
なので、雑誌の為のイメージがたくさん必要になった。
まったく、ファッションと関係のない風景写真も必然になった。
カメラマンはその時点で5〜6人。
イッセイミヤケのデザイナーの滝沢直樹氏の思いに力点を置いた。

ファッションを手掛けるようになった始めの頃、ニューヨークが多かった。
ニューヨーク3〜4泊と滞在費で、大概東京から交通費全てで10万円。宿泊代3万円。
ホテルはグラマシーホテル。
食事代適当(多分3日で1万円)。
クレメンテやソレンティーのパーティーに誘われたり、まだ、若かったテリー・リチャードソンやディコルシアに会ったり、あのアンドレ・セラーノに自宅にまねかりたり。
それ以外でも、仕事以外は、取材やら、なにやらで予定外の時間で、ほとんど埋まっていた。
何故だか、彼らは僕が滞在している事を知って、アポイントも取っていないし、コトバも話せない僕に会いのきた。
外国の人だけじゃない。
日本人にも何故か普通にあった。
舞い上がって、気づくと呑んで道に寝ていた。

才能が満ちあふれていた。
それが、あの町に原動力の全てと感じた。
海外へ行くのを控え、日本の才能にもっと目を光らせないとと思った。

旅は、大体15万円で済ましました(笑)

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