その遠くにあるもの。

同時代。

日本に生まれながら、現在、全く、違った生き方で、

まして住んでる場所も、まったく違う、

心を洗わしてくれる人、島袋さん。

の展覧会。

http://www.watarium.co.jp/museumcontents.html

僕は、こんな職業なのに、宣伝マンに向いていませんが、

何度もしつこく、「この展覧会見ないで、何を見る!?」と位に思います。

終日の3/15まで、まだ、あと2週間です。

人生の中心を、教えてくれる。

入場料とか、その他いろいろ、安すぎます。

決心をみます。

僕は、半べそかぎながら、

「いつも、言い訳だけ言って生きている自分と、切実と向かい合う直面」

に、遭遇しました。

アートというものは、こういうものであろうという、

僕自身だけの、(もっと、言えば見る人それぞれの自分で調合する)

処方箋をもらった気持ちです。

 

しかし、自分の心底の気持ちは、コトバに出来ません。

この思いを、1万メートル掘り下げると、ここに出会うであろう!

というところに、出会いました。

それは、勝手に書いてしまいますが、よしもとばななさんの日記です。

http://www.yoshimotobanana.com/diary/2009/02/index_2.html

(なんで、ばななさんのように、限られた時間と対面しながら、

「自分の思いに誠実に行動をする」の豊かさを同時に思いながら。)

 

僕は、彼を人類の財産と思います。

彼を、身直に知っているからなのかな?

なんとなく、彼の才能を買い占めているようで、余計に後ろめたさまで感じます。

 

現在において、「見えない的と、戦うという事」の姿勢は、こういう事なんだろうと感じる。

そして、反省するし、キレイすぎるし、抽象的な(一方的ではない)幸福感に包まれるし、

で目がかすんで開いてらません。

 

僕は、彼の想像力の中で生きられるのかな?

と素直に思う。

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