ロンドンの、
チェルシー大学を卒業したの方々が、事務所訪問にきてくれました。
僕はロンドンのデザインに影響されてこの世界に入ったので、
逆に彼らが、訪問してくれる事を、嬉しさと共に不思議に思う。
なので、からだが、疲れきっていましたが、会わなければと思う。
(日本在住のフランスやドイツや他の国の方々も、僕の時間の取り方がヘタなせいで、
待たせてしまって申し訳ないと思っているけど、何度か会ってるから、
ごめんなさいと思いつつ)
彼らのような、セントマーチン大学のエリートでさえ、この不況の影響で就職活動がうまく出来ないらしい。
なので、このように、旅に出て見聞を広めているのだと言う。
未来を見てる盲目的な目は、キレイ。
質問は、初めて考える事が多かった。
日本語の出来る人を介し、答える3時間。
いいなぁと思ったのが、名刺を持っていないところ。
デザイナーにとっても、まだ、就職していなから持っていないと簡単に思うが、
それは、どこにも属していないという態度表明でも、あったりすると思う。
ロンドンから来てるからか、余計そう思う。
僕は、今の自分では出来ないけれど、彼らなら出来る事を勝手に話した。
それは、以前話した、ヒステリックの北村さんや、島袋道浩さんの生き方や、
写真家の青沼さんから聞いた話を、ミキサーにかけて話した事にすぎないのだけど。
グラフィック・デザイナーの仕事の一つは、例えば、すでに世界中にある、
シャッター通りのシャッターを開く事ではないかという事を始めました。
どこの町に行っても、同じものが安く買える、大型電気店、大型ショッピングモール、
ファッションではない(カルチャーではない)大型洋服屋に対抗する事ではないかと思うという話。
仮にそれを、もっと大袈裟に極端に押し進めたら、彼らは未来に火星にだって、行く事が出来るだろうという話。
そして、宇宙飛行士というかたがきでなく、グラフィック・デザイナーという肩書きで。
そんな人は、今までには、いないし、できない事ではないs、ワクワクしない?という話。
僕は、いままで、やればやるほど、赤字は溜まるでも、違う事をやってきた。
例えば、「code」での活動で、10年以上前に、
農業に取り組んだり、今のデザイナーが農業をやっているのは、単に、遅れてきた、
ブームか、表面的な処世術でしょう。
このように、グラフィック・デザイナーにも、いろんな覚悟が、待ち構えている。
そんな事をはなしました。
けれど、僕は、口当たりのいい事ばかり言う、一番の加害者なのです。