梱包作業。
帰宅後、例の「CLEAR in the FOG]のコンプリートBOXセットを梱包しています。
一度、終わらせたのですが、気が変わり、印刷にまつわる、原始的だけど、新しい表現も取り入れて、再度、梱包作業をしお直している。
始めて行ったより、どうしても時間が掛かる。
(まぁ、みたら、どこが?と思うかもしれないけれど)
以前、梱包っしたように、ならべる順にセットして、作業がオートマチックに出来たらいいけど。
たった50セットだけなのに、一日10セットが限界。
そして、腰痛の嵐。
完璧な予定は経てていないけど、取りあえず、うち、10セットをウェブで販売。
しかし、こんなに、手間ひま掛けても、超赤字。
展覧会でフェラーリが買える程だったのに、さらに、自らクビを締める。
「どうせ、フェラーリ売っちゃたし、ローンものこっているのだけど。」
どうして、そんな事をするのだろう?
自分で値段設定してるから、黒字に値段を設定する事は可能なんだけど、掛かった金額をそのまま定価に反影させると、現実的ではなくなってしまう。
例えば、アイデアの特集の時の製本や、あの高岡さんにや手伝っていただいた活版印刷の2種のオリジナルや、ボックス、保存用の和紙のようなペーハー紙だけでも、定価はとっくに超えてしまう。
そこへ、クリア本にB4のオリジナル印刷9枚。
本の最後にオリジナルの切手まで、アホのようについている。
その昔、アート&クラフト運動があった。
僕は、どこかその幻影を多少なり共追っているような気がする。そして、いまは、また別のもっと過酷な時代。
だからこそ、自らの態度を、示さなければいけないと思っている。
この出来事の事の始めは、2年半前にgggからの、オファー。
この世界では、こんなラブコールはない。
そして、それは孤高のプロジェクトに変わっていった。
その2年後のgggでの私財を投げうった展覧会。
そして、任務は終わったわけだから、やめればいいのに、裏テーマびして、現在の印刷を検証した。(それまで、香港へ行ったり、いろいろと、10年あまり、東京TDCの理事に携わっている事が多きかったと思う。)
その後、規模は小さいが、京都でのリミックス展。
アイデアへのセルフッリミックス。
Tシャツ。
そのたもろもろの事が、ゆらりと力が抜けて今に至った。
僕自信は、ダメな自分にだけれど、グラフィックにしぼるなら、生きていけるかもしれないと決着をしたかった。
gggでの展覧会では、見てくれている人(他者)は、ちゃんと見てくれて勇気づけられた。
祭りのようだった。
(逆に、見もしないで、なにか、にちゃんねるのような、企みばかりだけの、たくさんの酷い人も後から知ったし、凄く東京TDCに接近したいくせに、陰で侮辱する人も知った。それは、社会ともいえると思う。)
僕は、これらのリアクションを自分の出来る範囲で闘っている。
それが、このBOXセットの正体だと思っている。
(だから、多少汚れがあったり、ぴったり合っていない事も、必然だし、誰かが否定しても、どうでも良いと思っている。だって、僕は冬の北壁のチョモランマをめざし、彼は夏の高尾山を目指してるから、言葉は通じる訳ががない。)
まぁ、どうでもいいけれど、将来僕の魂のような本は、いくつ残っているだろう?
(買って頂いた方は、残ししてくれるのかな?)
それでも、やはり、この世界の特に印刷は、大量生産、大量消費によって支えられている。
運のイイ事に、(オーディションはあるけれど、)僕の事を懇意にしてくれ、そして、永久保存にしてくれる美術館や、博物館に声をかえて、できるだけ長い生命をと考えている。
でも、なぜ、日本の一部では、彼等のように僕の小さな力や抵抗を、扱ってくれないのだろう?
やはり、「経済を通して金を産むのが、デザインの本来の役割りとか役に立つものが優先順位が高いのは、かれらの発言から感じる。」
それが、この国の、ましてや文化を抱えている民度や尺度だと思う。
(海外の彼等は凄いぞ! そういえば、今度の土曜はフランスの雑誌の取材だ。まぁ、俺は酷いけど。)