アイドル。その 8/5
アイドル。
今の日本語では、その言葉は、なんだか、表層的なモノにしか聞こえないけれど、知っての通りの意味がある。
今日は、アイドルの撮影。
まさしく、アイドルだった。
スタッフも中途半端な過保護がなく、いわゆるほったらかしにしているから、いいのであろう。
本人も、若く、しんどい事も分かっていて、求められる量と自分の持ちこたえられる量のバランスが取れていない事を良く自覚している。
頭がいいのだろうな。
写真家は平間至氏。撮影の途中、ファットフォトという写真雑誌の特集で藤原新也さんの「20代へ向けて」というような文章を読んでいた。
(当然怠けてるわけでなく、被写体は有名であればある程、こんな一対一の撮影でさえ、たくさんの目にさらされる。それは、その年齢での状況では、正常ではないし、気持ちがぶれるであろうから、僕の心遣い。)
テキストが素晴らしく、ちょうど、相手の状況が重なっていた。
ただ、おりこうさんにならずに、やり場のない感じを、どこにも向けられずにいる意識。
残酷だけど、それこそ、僕らの撮りたいモチーフ。
撮影後、こんな言葉を発した。
「カメラを向けられて、写真に内面の思いを表現出来るか?」という、『写真に取って、永遠のテーマでもあり、原始的で答えのない問い』にすでに感づいていた。
僕には、その答えや方法は持っていなけれど、いくつかの言葉を交わした後、藤原さんのページをそっと、めくってみせた。
平間さんの現場後であるから、良く理解しているようでした。
いろいろ分かる方が、不自然なんだという事を。