●マサコ・シン (スミソニアン博物館 理事・キュレーター)

 

●秋山晶(コピーライター/ライトパブリシティ代表取締約CEO)

 

●坂本龍一 (ミュージシャン)

 

●スズキ・サラ (ニューヨーク近代美術館/MoMA キュレーター)

 

●保坂健二朗 (東京国立近代美術館 主任研究員)

 

●清水 穣 (美術批評家)

 

●ジョン・ワーウィッカー(クリエイティブディレクター/デザイナー/タイポグラファー)

 

------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

 

マサコ・シン (スミソニアン博物館 理事・キュレーター)

 

中島英樹のグラフィック・アートはさりげなく観客に挑戦する。その優雅なミニマリスト美学の中に隠された視覚の遊びやからくり、イリュージョンは、彼の作品と積極的に関わろうとする者にだけ開かれている。中島は、その作品の一見明快で静謐な表面の下に潜む秘密の層や複雑な視覚の妙を探索し発見せよと、観客に挑んでいるようだ。

中島の作品は本質的に視覚のパラドックスである。無駄のない美学、完璧な均衡、極めて抽象的な形態、洗練された構成要素は、一見すると、またデザイン集の掲載図版で見る限り、明快で何の作為もないようだ。作品と向かい合い、美術鑑定家のごとき熟慮の眼差しを向けるとき、そこで初めて絶妙な視覚の遊戯や中島の全作品の土台ともいうべき複雑精緻な技法のプロセスが、ゆっくりと姿を現わし始める。

中島が好んで指摘するのは、作品を通して何か特別に語ることがあるわけではないということだ。それよりも、ある種のヴィジョンに到達することを願い、作品は見るもの個々の反応を引き起こす触媒としての作用があるだけだと主張している。自らの本質を問い直す禅問答の試みにも似て、中島の作品は、観察者が見ることのプロセスと積極的に関わり、視覚のヒントを解読し、その発見過程を通じて複雑なメッセージを吸収するよう求めている。作品が挑発し、意味するものは何なのか、観客自身が各々の結論を導くよう求めているのだ。

作品の中に隠された視覚の要素は、さまざまな形をとっている。本の装丁にある目立たないが不規則な縫い目、年月を経てインクが色褪せたポスターの中に見えてくる言葉、同じ色のようでも印刷技法によって微妙に異なる色味、人が触れることでかすかに変化する色のグラデーション、虫眼鏡で見ると文字が隠されているのが分かるポスター表面のしみ、念入りに調べて初めて分かる本の中の隠れたページ、紙を日光にかざすと浮かび上がるメッセージなどなど、時間をかけて中島の作品と向き合う意志のある者には、実にさまざまな視覚の喜びが待っている。

こうした何気ない視覚の遊びができるのも、日々技術革新を続ける印刷媒体について、中島が誰よりも精通し、その技法を完璧にマスターしているからにほかならない。特定の紙の選択、多彩な刷りの応用、色調や明度、余白の使い方、書体の細工、絶えず新しいものを取り入れる実験精神など、これらすべてが、重層的で精度の高い中島作品を生み出すための基本要素となっている。

完璧さや精緻を求める中島の生来の志向は、その家庭環境にルーツがあるのかもしれない。中島の祖父は、皇室用の着物を仕立てる和裁師であった。その祖父が、白い布で四方を囲まれた中に座し、他者の視線からは遮断された形で一糸乱れぬ針仕事に集中していた姿を、中島はいまでも覚えている。祖父はよく、天皇家にふさわしい着物を縫い上げるための完璧な「間隔(縫い目)」について講釈したものだった。そんな思い出話を披露する中島の言葉はそのまま、彼のグラフィック作品の仕上げにある実に丹念で細かな仕事ぶりを説明するにふさわしい。絹の反物が丈夫で着心地よい着物に生まれ変わるには、ひと針ひと針の間隔にさえ熟練を要する。丈夫であるべき部分はきつく細かな運針で、体の動きに合わせ弛みを持たせるところは心持ち緩めにといった具合に。この祖父の話が中島の手法や制作過程とあまりに似通っているために、職人気質ともいえる中島の完璧主義や仕事への集中はDNAに組み込まれているものと、人は想像するかもしれない。

中島の作品にある視覚の謎を解く上で、もうひとつ鍵となりそうな点は、本人もよく話題にすることだが、作品と音楽との近似性である。中島はこれまで坂本龍一初め多くのミュージシャンと一緒に仕事をしてきた。坂本の音楽をグラフィックの要素で、いわばビジュアルに解釈した作品を生み出しているといっていい。実際、批評家の一人は、中島のアートを「これまでに聴いたことのない音楽の楽譜のようだ」と形容している。中島の一見シンプルで無駄のないグラフィック作品は、名演奏家によって簡潔明瞭に表現された一楽章が公演終了後も心地よい余韻となって耳に残るように、豊かな共鳴音を響かせている。

完成作にあえて「不完全さ」を添えるべく、手作りの要素を取り入れるのも、中島作品の近年の特徴だ。例えば、極めて複雑な印刷術が施された最高の仕上がりのポスターにランダムにパンチングを入れ、小さな穴をあけていく。結果として、ポスターの一枚一枚がユニークな作品となる。別の例では、活字書体のサイズや角度、隙間、行間などを直感的に操作して、彼が求める「ある種のヴィジョン」に到達することを試みている。こうしたやり方で、自作に名人芸の要素を再投入し、いわば名匠の「味わい」を得たいのだと説明している。このプロセスはまた、デジタル処理技術の活用でいよいよ画一的になっているグラフィック・デザイン界に叛旗を翻す、自らの造反行為なのだとも語っている。

実のところ、中島英樹の作品は、グラフィック・デザインとファインアートの境界線にあるといってよい。印刷物を表現手段とし、技術的完璧さの追求や旺盛な商業制作、作品における理論的メッセージの欠如など、これらすべては、中島の作品がグラフィック・デザインの領域にあることを裏付けている。しかしながら、中島作品の主要テーマ、とりわけ近年の作品に目立っているのは、グラフィック・デザインの最たる目的ーー大衆向けのメッセージを単純明快な視覚表現で伝達することーーからは根本的に隔たっているという点だ。

中島の近年の作品は、抽象的な側面がいよいよ強くなっている。とはいえ、そうした作品が大衆に容易に理解され得ないことには、彼自身無頓着なようだ。また、作品に不完全さを加える意味でユニークな手作業の要素を取り込むことは、大量生産の複製品としての印刷物の定義を覆すものとなっている。中島自身の説明によれば、いま現在の表現は、「見られる」ためのデザインから「読まれる」ためのデザインへと移行しているということだ。いわば「茶道のような」作品、真の鑑定家や美の実践者のみが理解しうる抽象的かつ間接的な表現による作品である。この点で、中島はついに現代美術と自作との接点を認める用意ができたようだ。それは、彼が長年の間、誰に知られることなく実践してきたことなのだが。

 

↑page Top

 

------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

 

ナカジマグラフィ あるいは2次元の音楽
秋山晶

 

中島英樹のNAKAJIMA THINは美しい。この文字を見るたびに僕は英語圏のコピーライターだったらよかったのにと思う。NAKAJIMA THINは2つのイメージを内在している。ひとつは機能的イメージ。極小から極大まで全空間に対応する。機械的生産コスト、電子的表現コストの高い効率。現存するすべてのメディアに対応し、音声を文字に変換する場合にもふさわしい。もうひとつはアート的イメージ。物質でいえばきわめて軽量な金属。密度と弾性をあわせ持つ高度な技術で合成された金属だ。その上にさらに文字をイメージする。文字は光の線のように見え、手に触れても凸凹を感じることはない。角度によって影に見える。NAKAJIMA THINは光と影を往復する。イメージは過去に入力したものから生まれる。それは喪失したものの物語だ。森の中に消えたもの。霧にのみ込まれたもの。それは余韻に近い。
中島英樹のデザインはまだ聴いたことがない音楽の楽譜を思わせる。音楽というより音のデザインだ。なぜ中島のデザインから楽譜を感じるのだろう。楽譜もまた一種のグラフィックデザインだという認識はある。同時に彼はミュージックアーチス卜とジョイントした作品が多い。坂本龍一氏のオペラ「LIFE」をグラフィック化した「SAMPLED LIFE」は氏の音楽をすみずみまで視覚的に表現している。あるいはすみずみというより深奥という言葉がふさわしいかも知れない。中島英樹の精神は坂本氏の精神と重なる部分があるのだろう。精神、あるいは感性、あるきわめて個人的な何か。中島はそれを目に見えるもので表現し、坂本氏はそれを音で表現する。人と影のように。実像と鏡像のように。

中島のフォン卜はNAKAJIMA EXTRA BOLDから出発したという。そのデザインは記号というより造形に近い。個々のフォントがアートであり、完結したイラストレーションのように見える。かつて彼はこのような意昧のことを言った。この世に存在しないものを創る。しかし、それが創りあげられたときどこかにあったように思えてならない。(正確には「初登頂したと思った山にいつも痕跡を見てしまう。」CLEAR IN THE FOG)そのどこかとは彼の意識の中ではないか。村上春樹「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」に例えるなら「世界の終り」の世界だ。こちら側は現実の世界、あちら側は意識の世界。脳のいちばん奥深い、多分、潜在意識の世界だ。中島は2つの世界、こちら側とあちら側を出たり入ったりしている。予測できないあるとき、こちら側とあちら側が重なる瞬間がある。そこに意識を形而下した表現が生まれる。それがNAKAJIMA THINだ。しかし彼は思う。それはすでにそこに在る。そしてさらに意識の奥に入ろうとする。その聞は深い。しかし、いずれにしても彼はそこに新しい光点を見つけ、こちら側に帰って来る。

 

↑page Top

 

------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

Word on a page

ジョン・ワーウィッカー

 

私たちは初めて出会う人の“キャラクター”を、そのルックスから読み取る。多くの場合、この“ルックス”を構成する要素の中で、最も雄弁なのが「顔」 だ。

そして、ニュー卜ラルなタイプフェイスなんてものも、存在しないのだ。タイプフェイスはそれぞれ文化的なコンテクストを持っていて、その言葉の昧わいを語りかけてくる。
そしてその言葉が、何をどのように語っているかによって、私達の読み方も決まってくるのだ。

私達は毎日、いろいろな人々に会い、話をしようとしている相手の性絡や、自分が伝えようとしている内容に合わせ、文法やトーンやリズムを微妙に調整し、また自分が今、直面している場に沿うように、話し方を調整する。

これと同じように、文字のスペーシングや行問、コンテクス卜に対するサイズは、ページやスクリーン上の言葉の機能と存在 (すなわち文字そのもの)に対して、ある役割を担っているのだ。

これをどう行うかはテザイナーのキャラクターにも拠り、またこれがどう理解されるかは読み手のキャラクターを物語る。

ニュー卜ラルなタイプフェイスが存在しないというだけでなく、
ニュー卜ラルなスペーシングもまた存在しない。

全てのものはコンテクストの内にあり、
すべてのものはプロセスの途中にあって、
常に変化しうごめいている。

書かれた情報がいかに具体的なものであっても、
タイプフェイスやレイアウトがベーシックなものであっても、文字があるところには必ず、その文字が醸す雰囲気が生まれ、美学が存在する。

一つの文字についても、同じことが言える。
そのフォルムの陰と陽、配置のバランスと力学は、
そこに表出された精神である。
一つの文字がどのような流儀で他の文字の隣に置かれるかは、双方の文字に影響を与えるということで、
タイプフェイスの連なるラインもまた相互にかかわり合い、
またそのベージやその他の要素と結合しながら、
“ミュージックライン”、すなわち音楽を生み出すのだ。

デザイナーやタイボグラファーがもし、繊細さと情熱を持ってその旋律を創ったのなら、そこにはある種、ポ工ティックな領域が生まれてくるのものなのだ。

タイポグラフィとテザインは、
単なる外部活動でも、リアルな存在でもない。
タイポグラフィとデザインは、
波のように押しては返す思考と感覚の聞に取り込まれた“声”として、タイポグラフィ・デザイナーの内側に、
そして読者の内側に内在するのである。

音符の列が音楽となり、ごく稀に超越の感覚を生むことができるように、タイポグラフィとデザインは、
そのコンテクス卜とその作り手、さらには読者を超越してはじめて、“美”となることができる。
言葉では言い表せない美に。

中島英樹は、開かれたハートと聞かれたマインドの両方を持っている。
彼は繊細な魂そのものだ。
一方で彼は思い切りのいい人でもある。
この本に収められた作品がその証拠だ。

それは彼の旅の地図。
あるいは、より正確には始まったばかりの旅。
目印入りの地図であり、返答の地図。

それはゆっくりと、でも着実に目的に向かつて歩く道である。
それは何かの蓄積というよりも、
決して振り返らず痕跡を残したまま進み続けるプロセスだ 。

満たしながら、空にするというプロセス。

全てのサイクルが次への準備となっていて、
その精製も同時に行っているのである。

 

↑page Top

 

------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

 

坂本龍一 (ミュージシャン)

 

中島英樹はぼくに似ているんじゃないか。
彼の作品を見ていてそんな感想をもった。
決して、今まで何度も彼がぼくのCDやアートワークを手がけて
くれているから言うんじゃない。
彼のなかにはいろんな要素が並立していて、
それらが時には矛盾するように並んでいる。
実験的な要素、パンクな要素、時には非常に耽美的であり、
またある時は非常に抽象的だったり。
そのバラバラに並んでいる様子が、
ぼくにはなんだか自分の作品を見ているようで、
とても微笑ましい。
きっと彼もぼくの音楽を、反対側から同じ様に眺めてきた
のかもしれないと思うと、なんだかくすぐったい。
今、ぼくがかかえている問題に、きっと中島英樹もぶつかるだろう。
それは、何が中島英樹か、ということだ。
今からどこへ向かうのか、ということだ。
ひらたく言えば「オレらしさ」って何だ、ってことだ。
若い時はできることは何でもやってきたけど、
これからはそうもいかないからね、ハッハッハ。

 

↑page Top

 

------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

 

スズキ・サラ (ニューヨーク近代美術館/MoMA キュレーター)

 

日本を代表するアート・ディレクター、グラフィック・デザイナーの中でも、中島英樹ほど現代生活のあらゆる側面に触手をのばしている人はいないだろう。その影響力とヴィジョンは、至る所に顔を出す。あなたが今飲み干したネスカフェの缶コーヒーにも、今読んでいる吉本ばななの小説の表紙にも、売店で手にした『CUT』の最新号にも、新しいドレスを入れた「VIA BUS STOP」のショッピングバッグにも、これら全てに彼のマークがある。中島英樹ワールド、私たちはその中に住んでいる。

和裁師の息子として、埼玉で少年時代を過ごした中島は、日本の伝統的な文様や図案に囲まれて育った。その経験が、中島の現在の仕事をよく物語っている。また、さまざまなアート要因が独自のスタイルで混在しているのも、中島作品の特徴のひとつといっていい。コンセプチュアリズムの厳格さ、ミニマリズムの洗練美、印刷工や製造所泣かせの技術的完璧さの追求、そしてイメージやアイデアにある明晰さ。中島の仕事は、自身の創作活動と商業プロジェクトから成り、ポスターやCDジャケットのデザイン、ファッション広告、ロゴデザイン、展覧会の企画や会場構成、書籍やアート・カタログのデザイン、雑誌のエディトリアル・デザインなど、多岐に渡っている。

中島はまた、独自の欧文書体のデザインでも知られている。種々のウエイトを揃えたフォントの美しさは、日本のある広告業界者をして「これらの文字を眺めていると、英語で広告コピーが書けたらなあと思う」とまで言わせている(秋山晶の言葉)。実際、中島の魅力あるタイポグラフィは、1992年に始まる『CUT』誌のアート・ディレクションに生かされ、多くの作品を生み出してきた。その集大成ともいうべき作品集『リバイバル』の最近のシリーズには、基本的に活字だけで構成された俳優たちの似顔絵が集まっている。かっちりした書体で大雑把に不規則に描かれたJohn Malkovichから、いかにもゴシックな風貌を刻むViggo Mortensenまで、映画の役の中のイメージが、写真に頼ることなく、文字だけで絶妙に表現されている。

コラボレーションは、グラフィック・デザインの仕事につきものだが、それほど容易なことでも、望ましいことでもないのかもしれない。中島は、1995年に独立を果たし、自身のオフィス「中島デザイン」を設立する。その頃手掛けたプロジェクトのひとつが坂本龍一との出会いを導き、今現在まで続く創作面でのよきパートナーとなっている。きっかけは、1996年、写真集『N/Y (NO/YES)』のデザインを任されたことだった。以来、CDジャケットやアルバム・カバーのデザインなど多くの仕事に発展している。中島に似た者同士の親近感を覚えるという坂本は、「彼の中にはさまざまな要素が混在し、時に矛盾して見えることもある。実験的な面やパンクの面があり、極めて芸術的な面を見せるかと思えば、その実、限りなく抽象的なんだな、彼は」と語っている。

坂本の創作オペラ『Life』を記念した本『Sampled Life』は、中島が手掛けた数々の商業プロジェクトの中でも、本人自ら成功作のひとつと認めている作品だ。本というよりは不可解なオブジェというべきか、外見は白い厚紙のボックスで、箱の中心から逸れて坂本のポートレイト写真が印刷され、説明書きの赤い帯がかかっている。近づいてよく見ると、中島の制御された遊び心といったものがじわじわと正体を現す。白い箱は、実は白い箱に印刷されたもので、帯の文面が箱本体から朦朧と浮かび上がる。眺めた後の次にすべきことは、いささか戦慄のアクションだ。本の中身に到達するには、読者は(恐らく坂本の献身的ファンであろうが)その坂本の顔写真に切り込みを入れねばならない。映画『アンダルシアの犬』の冒頭シーンにあるように右目にスリットを入れて。かくして箱の蓋をめくるや、この本のライト・モチーフが明らかになる。グリッドだ。さまざまなものが箱にフィットして並ぶその様子や、楽譜や四つ折りのカレンダー、鍵盤のコピー、『Life』公演を収録した2枚のCD、オペラの情景を表にまとめたもののファクシミリ、舞台の演技や台詞、装置や照明のメモ、本の奥付を思わせる書き付けのある五線紙、坂本のさまざまな風貌によるサンプル写真で構成されたパズルなど、全てがグリッドのモチーフに重なっている。Marcel Duchampの記念碑的な『トランクの中の箱』にも似て、『Sampled Life』はいわばミニチュアの自己充足の美術館であり、中島のコンセプトや戦略がびっしり詰まったアート・ボックスである。

中島にとって、商業プロジェクトと自身のプロジェクトは密接に繋がり、絶えず重なり合っている。商業プロジェクトでは、往々にして、スケジュールや予算の都合上、あるいは技術的な制約の点で諦めざるを得ない部分が出てくる。自分のためのアート制作は、これら一度は放棄されたアイデアと再び格闘するフォーラムである。逆に、アート作品が商業制作に新たな指針を示すことにもなる。これら両極にある作品として興味深い例が、香港で開かれた展覧会のためのポスター・デザインだ。これは、7人の日本人グラフィック・デザイナーの展覧会「Seven Exhibition」を宣伝するためのポスターだったが、ごく基本的な情報以外、作家や展示についての説明は省かれている。3種類のポスターは暗示的で示唆的、情報全てをお手軽に提供するのではなく、見るものの好奇心をそそるようなデザインになっている。色鮮やかなバラの花をモチーフに、デジタル処理で抽象化された花弁が溶けて滴り落ちるイメージには、このデザイナーには珍しい感傷性や官能性が見られるようだ。が、案の定、イメージの選択にはコンセプチュアルな支柱がある。中島の意図は、バラに重ねたグラフィック・デザインの日本到来であり、その心は、到来もバラの普及もかなり遅かったということだ。

ポスター作品は、素材の質感や表面の扱いで定評のある中島の特徴をよく示している。マットとグロッシー、光沢のある色面の層や透明感、ベルベットのような感触。ポスターにはまた、中島特有のパーソナルなタッチが施されている。ポスターの一枚一枚に、作家が手ずからパンチングした小さな穴が散見されるのだ。タイポグラフィのデザインに使われる、今では廃れてしまった印刷インキのドット模様のようだ。型板は使わずに、作家の意志のまま、個々に穿たれた小さな穴。いかにも、中島の全作品に通じる仕事の取り組み方の的確なメタファーとなっている。集中力の持続が短いことを自認する中島にとって、プロジェクトはどれも新しいことに挑戦する機会であり、自分の限界を広げる機会であり、さらに、観客を挑発し、刺激し、喜ばせ、当惑させる機会であるということだ。

 

↑page Top

 

------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

 

勇敢と格好悪さのはざまで
フロネーシスを持つデザイナーとしての中島英樹

保坂健二朗 (東京国立近代美術館 主任研究員)

 

●フロネーシス
明証性(evidence / évidence)ではなくて、 両義性(ambivalence / ambiguïté)をデザインの世界に持ち込もうとしているデザイナー、それが中島英樹である。デザインが、非言語的な(複数の)メッセージと言語的な(複数の)メッセージとを整理して、そこに形と色彩とを与えながらひとつの秩序にまとめていく作業だとすれば、彼は「ひとつ」の意義を見出していないという点で、従来のデザインを否定しようとしているとも言える。その意味で、彼は、反逆児的な勇敢さを持つ。
勇敢。アリストテレスが『ニコマコス倫理学』の中で、無謀と臆病との中庸(メソテース)としてあげていた態度だ。そしてアリストテレスが、この中庸を知る知性としてあげていた「フロネーシスphrone-sis」こそ、この本に収められた中島英樹の膨大な作品の意味を理解する手がかりだと私は思う。
フロネーシス。「実践知」「賢慮」と訳したところで耳慣れない言葉であるが、その意味するところは、「学問episte-me-」「直観nous」「智恵sophia」「技術techne-」と比べればわかりやすい。知性は、まず、「ほかのようにはありえないもの」を追究する知性と「ほかのようにもありえるもの」を追究する知性とにわかれる。前者に相当するのが「学問」と「直観」と「智恵」であり、根拠そのものに関わるのが「直観」、根拠によって論証するのが「学問」、そのふたつを統括するのが
「智恵」である。極言すれば、これら三つは世界の真理を知るための知性と言えるだろう。
これに対し、「技術」と「フロネーシス」は、「ほかのようにもありえるもの」に関わる。言い換えれば、人間が世界に対して変化を与えるための知性だ。このとき「技術」は、「制作poie-sis」されるものそれ自体が目的となるが、「フロネーシス」は違う。「フロネーシス」の場合は「行為pra-xis」それ自体が目的となる。当然、その行為は、善く行為すること、善く生きることという倫理と結びついていなければならない。そして、結論を先取りして言えば、中島英樹は、通常は「制作」と同義とされているデザインをその頚木から解き放つことを求めているように、私には思える。

 

●過剰な意匠
私はこれまで数回にわたって、自分が企画に携わった展覧会のアートディレクションを中島に依頼してきている。最初が2003年の「現代美術への視点 連続と侵犯」。続いて2006年の
「草間彌生」(以上ふたつに対して私はアシスタントとして関わったが、カタログの編集など印刷物のアートディレクションには全面的に携わった)。2010年の「建築はどこにあるの? 7つのインスタレーション」。そして2011年の「イケムラレイコ うつりゆくもの」だ。
これらの経験から、中島のデザインのひとつの特徴は、「矛盾によって生じる過剰な意匠」にあると思っている。「連続と侵犯」展では、会場写真版のカタログとして、「大きくて薄いハードカバー」がつくられた。そう聞くと、絵本を想像する向きがあるかもしれないが、絵本とはちょっと異なる。ページの紙それ自体が、極めて薄いのだ。したがって全体も当然相当薄くなる。本文の厚さよりも、表紙の方が分厚い。また草間彌生展では、300ページ近い厚さになったところを、「チリ」を大きくとることで、視覚的な軽快感がもたらされることになった。造本の観点からすれば強度を失う恐れがある意匠が、導入されていた。
こうした「過剰な意匠」は、それを手にした者に、面白さと写ることもあれば、やり過ぎというネガティヴな印象をもたらすこともある諸刃の剣だ。そして、後者となれば、そのデザインは、格好悪くも見える。
誤解を恐れずに言えば、中島のデザインのもうひとつの特徴は、その「格好悪さ」にある。それは「やり過ぎ」によってもたらされることもあれば、彼が強調しようとするところの物質性、触覚性に由来することもある。触覚性を高めれば、認識のスピード感が失われ、感覚にもたつきが生じるからだ。
格好悪さは、もっと意図的に、グラフィックのレベルで実施されることもある。たとえば講談社現代新書のデザイン。正直に告白すると、私は、あれをはじめて見たとき、あっけにとられた。中島になにが起こったのだと思った。杉浦康平のデザインを好んでいたわけではないが、あれだけ強烈なデザインの後に、この四角はいったいなんなんだ、と。デザインの放棄ではないかと。
だが、私が間違いだった。膨大な数が並ぶ書店の書棚における視認性を考えれば、やはりあの色づけられた四角なのだ。必ずしも優れたデザインが施されるケースばかりではない書籍界の中で、紙を自由には選べない(つまり触覚性には頼れない)中で、また必ずしも平置きになることはない新書の世界の中で(というよりも背表紙によりシリーズとして見せなければならないという条件下で)己のデザイン性を保つとしたら、あれしかないのである。
「売れる」デザインをするというよりは、いかにして自分がデザインしたものがモノとして確固たる存在感を持てるか、自律性を保持することができるかを中島は手がけている。その結果として「売れる」ということが本来的であり、そうしたデザインこそが、少なくとも書籍というジャンルには求められていることを、中島はわかっている。

 

●アンビバレント
ここに、中島の、脆さがあり強さがある。そして、この二極性といい、意匠的な格好よさと格好悪さのことといい、中島は、アンビバレントの意義を知悉している。二極に分裂した独特の感覚。それは、2010年に恵比寿のG/Pギャラリーで発表した、タブローの仕事において頂点を極める。「Re-Street View/Line」。あのほとんどスキゾフレニックな「作品」を前にして言葉を失ったのは私だけだろうか。
メルロ=ポンティは「哲学をたたえて」と題した講演の中で両義性について次のように述べている。

「哲学者が哲学者として認められるのは、
〈明証性〉(évidence)に対する眼と、〈両義
性〉(ambiguïté)に対する感覚とを不可分にあわせもつことによってです。もっとも、彼が両義性を受動的に受け取るだけであれば、その両義性は〈曖昧〉(équivoque)と呼ばれます。しかし、もっとも偉大な人たちにあっては、両義性は主題となるのであり、確実性を脅かすどころか、その確立に寄与します。したがって、悪い意味での両義性と、よい意味での両義性とを区別する必要がありましょう。」

中島を哲学者だと言いたいわけではもちろんない。しかし彼が、両義性を積極的に選び取ろうとしていることを見逃してはならない。
こう言い換えてもよい。いくら格好つけても、デザインは古びる。格好つければつけるほど、古びるスピードは速い。そんなデザインという仕事ほど格好悪いものはないと中島は知り抜いているのだと。
賞味期限の問題だけではない。たとえばエコを詠う広告が散見されるが、その紙はいったいどこからやってきたのか。インクは?紙やインクはその来歴を気遣える範疇だとしても、では、どうやってその広告を運ぶのか?テレビであれば電気が必要だ(すくなくともかつては、「電気が必要=原発が必要」となっていた)。新聞であればトラックが、つまり化石燃料が必要だ。デザインの世界に足を踏み入れれば踏み入れるほど、それがどれほど格好悪いかを知ることになる。良心的であればあるほど、その思いに囚われていくことだろう。
では、どうすればよいのか?デザインをやめればよいのか?かつて日本を席捲した精神論では「生きて虜囚の辱めを受けず」と説かれた。もしこうした言い方が正しければ、デザインという牢獄からは潔く身を引くべきだろう。
だが、おそらく中島は、この言葉ほど実存の本質を無視したものはないと知っている。虜囚などにならずとも、生きていることそれ自体がはずかしいことを知っている。だから、見る前に飛ばなければならないことを、わかっている。

 

●刻まれた文字
中島は飛んだ。それも中島らしいやり方で。イカロス的な英雄性も、シジフォス的な悲劇性もまったくない、脱力したポーズで、己の無様な裸の姿を衆目に晒したのである。そしてその左肩には、「デザイン」の文字が彫られていた。
ここで注意が必要なのは、中島がその体に彫り込んだ文字は、英語の「design」ではなくてカタカナの「デザイン」であることだ。これは、相当に格好悪い。カタカナの「デザイン」は、英単語の発音をそのまま日本語の表音文字に置き換えているだけだ。つまりそこに翻訳、解釈は基本的に入り込んでいない。「図案」「意匠」「設計」とさまざまに訳しうるはずなのに、中島はどれも選択しなかった。たとえそれらの訳語がすでに時代遅れだったとしても、あれほど「デザイン」とわたりあってきた中島だ。無自覚にカタカナ表記を選んだはずもない。
自分がやっていることを「design」と英語で言い切ることが、中島にはできなかったのではないか。あくまでも「デザイン」なのである。そこに、彼がデザインを志すこととなった憧れのデザイナー、ピーター・サヴィルからの訣別を見てとることだって、不可能ではないだろう。カタカナで「デザイン」。たった四文字による宣言。それも、語られる言葉ではなくて、刻まれる文字として。非物質化してしまった文字を、線刻文字へと、甲骨文字へと還してあげるかのようにして……。
中島は元来、弁が立つ人ではない(と勝手に私は思っている)。しかも彼は、坂本龍一や渋谷陽一や後藤繁雄のような友人に囲まれている。とすればおのずと語ることに対しては自制心が働くだろう。だから、と私は予想するのだが、彼は行為する人となった。デザインを行為と読み替えて、世界と関わることにした。デザインしたものを通してなにか善いことをしようとするのではなくて(それは、元々、無理なのだ)、デザインという行為それ自体が善きことになるように。そんなフロネーシス的な決意を、私は中島の左肩に彫られた四つの文字に感じ取る。
しかもだ。中島はその後に、「グラフィック」という言葉を書き添えた。もちろん、カタカナで。言ってみれば、自己規定を「デザイン」から「グラフィックデザイン」へと書き換えたのである。サブジャンルへの移行は、ともすれば退行に思える。これも相当に格好悪い。たとえタトゥーが「追加」しか許さないというメディアであったとしてもだ。だが、その格好悪さを受け入れるだけの認識を、中島は、デザインを行為(pra-xis)として実践する中で持つようになったということでもあるのだろう。自分が結果として生み出しているのはグラフィックデザインに過ぎないのだという、苦悩すら透けて見えてきそうな自覚がその文字には刻まれている。
そこで私としては中島に提案がある。あるいは質問がある。もうひとつの肩に、なにか別の言葉を彫る必要はないのか? そうでなければ、アンビバレントを大事にする(と勝手に私が考えている)中島ではないのではないか? 中庸として存在するのが「中島英樹」だとすれば、やはりタトゥーはもうひとつ、必要となるはずだ。(中庸とアンビバレントの間には、もちろん、違いがあるが、その差異の間を揺れ動きながら突き進もうとするのが中島であると、ここではそれを定義する責から逃げておきたい)。
では、右肩に来るべき、デザイン、ないしグラフィックデザインの対極にあるものはなんなのか。アート? そんなつまらない答えは誰も求めていないだろう。「人生」?それじゃ中島にとっては同義ではないか。「死」?デスメタルじゃないんだから、洒落にもならない。
答えは、中島しか知らない。あるいは彼もまだ、誰もまだ、知らない。
だが、そうやってこのエッセイを終えるのは格好つけすぎというもの。私も、中島のスタンスをならって、自分自身の答えを述べておこう。私の考えは、こうだ――中島は右肩に別の言葉を彫ることはできない。彼にはそれが許されていない。なぜなら、対立項がないという宙ぶらりんの感覚こそ、デザインの醍醐味であるのだから。そして当然、この宙ぶらりんの感覚は、デザイナーに対して危険をもたらす。
そこから時々外へと、対立項が本当にないのかを探るべく足を踏み出しながら、やはりないのだと、このやり方は間違っているのだととどまり続けているのが中島英樹である。そして。やはり違う、やはりないと確認する度に、彼が立つ足場は、どんどん狭くなっている。鋭くなっている。

 

2012年3月11日 モスクワにて

 

↑page Top

 

------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

中島英樹とゴシック体 — コラージュとしてのタイポブラフィー

清水 穣 (美術批評家)

 

中島英樹の過去20年にわたる作品群を通覧した人は、そのつどの状況に応じた変化はあっても、ある種の定型のようなものが一貫して繰りかえされている印象を受けるだろう。中島スタイルとでも呼びうるその定型は高い独立性をもち、主題や中味にお構いなく雑誌レイアウトもCDカバーもブックデザインも、その確固たる定型の中へ流し込まれていくように見える。中島スタイルの安定感を支えるその定型には一つの特徴がある。それはゴシック体の圧倒的な優位である。2006年に中国の大連理工大学出版社から出た1000頁を越す分厚い作品集を例に取れば、膨大な収録作品の中で明朝体やセリフのついた書体はたった10点ほどを数えるに過ぎない。中島英樹のこの「ゴシック体贔屓」、すなわち、筆やペンで書いたような書体よりも、版で押したような書体を好む傾向は何に由来するのか?



まず問題のタイポグラフィーを除外した、中島スタイル自体に注目してみよう。それは、イメージを「版」によって刷り重ねるというそれ自体はシンプルな行為を、支持体やインクの物質性と関係させながら、極限まで洗練させたスタイルだと言える。その点で、シルクスクリーンの可能性を極限まで追求した版画家たちに近い。私が念頭に置いているのは、1988年〜2008年にかけて関西を中心に活動した「マキシグラフィカ」の作家たちである(*1)。中島の作品語法の本質的な部分は、すでにそこにほぼ出揃っているといっても過言ではない(図1〜6参照)。
これは、中島英樹が「マキシグラフィカ」に影響されたとか(「マキシ〜」は不当にも版画関係者以外にはほとんど知られていない)、昔の「マキシ〜」は新しく今の中島は古いなどという話ではない。それで言えば、どちらの表現もそのルーツは古いからだ。「マキシグラフィカ」の語法は、「レイヤー」と「コラージュ」という20世紀初頭の概念を、時を隔ててシルクスクリーンというメディアの中で展開したものである。中島スタイルと「マキシ〜」はどちらも、プリント・メディア(シルクスクリーン、グラフィック・デザイン)のなかで、レイヤー、物質性、透明性といった問題を扱うときに共通して現れる表現なのである。
例えば、マルモッタン美術館所蔵の「睡蓮」の1つを見よう(図7参照)。モネは、空や雲の光のゆらぐ反映の上に睡蓮をコラージュし、「水面」を露顕させる。それは、絵の具で描かれた睡蓮という物質を付加することによって、非物質的な面を浮かびあがらせることであり、水に映った全てのイリュージョンを支える不可視の透明な基盤面=レイヤーを意識させる操作である。晩年のモネはさらに、上方から柳を垂らして「画面」というフレームを意識させ、カンヴァスを塗り残すことにより「支持体面」を顕示する。睡蓮を加え、柳を垂らし、塗り残す、その度にレイヤーを重ね、この作品は3枚のレイヤーが重なって出来ていることになる。
「睡蓮」と同時代に、ピカソとブラックは睡蓮を紙片に置き換えて「コラージュ」を発明する。 睡蓮が水面を顕在化させたように、画面上に紙片をコラージュすれば、紙片以外の要素は一枚の透明なレイヤーとして露顕する。この操作を繰り返すことによって、レイヤーを重ねていくのである(図8参照)。
コラージュは、与えられたフレーム内に、雑多な要素をバランス良く配分する「コンポジション」ではない。物質を付加することによって、非物質的なレイヤーを重ねる、その繰り返しのプロセスが、コラージュを構成する。様々な要素 —支持体面(紙、壁紙、木目…)を偽装する紙面、色面、新聞紙=文字、フリーハンドの線描、具象、異物、裂け目、切れ目—を追加することによって、透明な面の重層を感じさせること。そのレイヤー ・ コラージュを、物質性とイメージのあいだで展開すること。「間接的である事、レイヤー(層)構築的である事、分断的な制作プロセス、写真映像と手仕事の等価性、転移・併置・反転・反復によるイメージング」 (*2)、言わばマキシグラフィカは、ブラックのコラージュを、「シルクスクリーン」というメディアで展開したのであり、中島英樹は「グラフィック・デザイン」において遂行したのである(図9、10参照)。
「睡蓮」の場合とは異なって、コラージュにおいてレイヤーは順々に重なりあうわけではない。水差しやヴァイオリンといった具象が、上下のレイヤーを横断するように描かれることで、レイヤーの上下関係は曖昧になり相互陥入が起こるのである。「細長い紙片、レタリング、木炭の線そして白い紙が、お互いの上下関係を変化させ始め、絵のあらゆる部分が順々に、絵の中であらゆる面を(現実の面であろうと想像の面であろうと)を占めていく、そんな1つのプロセスがひきおこされる」 (*3)。つまり、手で自由に描かれる線(=遠近法的な投影に従って描かれるのではない線)は、平面である「レイヤー」からは独立しており、自由にボリュームや空間性を生みだしうる。それゆえ「レイヤー」の秩序を否定する力を持っているわけである。
筆やペンで書いた書体より、版で押した書体が優先する — 中島英樹のこの傾向の理由が、読者にはもうおわかりであろう。前者は形骸化しているとは言えフリーハンドの線描性を帯びており、その限りで反レイヤー的であるのに対し、後者は印判として親レイヤー的なのである。シルクスクリーンやグラフィック・デザインは、その性質上、レイヤーに依存した表現である。従って、レイヤー・コラージュを才能とする中島のような作家にとって、レイヤーから逸脱する線描質の書体は、例外に属するわけである。



しかし、話はここで終わりではない。実は、レイヤー表現のなかに非レイヤー的な線描やストロークを統合する試み、言いかえれば、シルクスクリーンやグラフィック・デザインを、レイヤーと非レイヤーのあいだの緊張関係のなかで展開する表現には事欠かないのである。「マキシ〜」の表現に、大胆なストローク(木村秀樹)、鋭い素描の線(安東菜々)、物質化したレイヤーとしての布や、偽のフレーム枠(濱田弘明)が登場するのは、シルクスクリーンに付随するレイヤー依存性を克服しようとする試みであるし(これらの要素は全て中島作品にも登場する)、中島の「Street View/Line」のシリーズは、フリーハンドの線描をフロッタージュという形式でレイヤー化する明確な表現である。また、数は少ないとは言え、明朝体やセリフ付書体も当然ながら中島デザインの一部である。つまり、ゴシック体贔屓の本当の理由は別の所にある。
シルクスクリーンやグラフィック・デザインは、「版」というメディアを用いる限りレイヤーに依存せざるを得ない。メディアに固有のこの条件から自由になろうとして、作家たちは上に挙げたような様々な方法を用いてきたわけである。レイヤーに囚われない存在としての線描やストロークを画面に取り入れるのもその方法の1つであった。が、それは線描やストロークを「非レイヤー」の記号として用いるだけで、結局それらをレイヤー化している事実に変わりはない。線描やストロークの自由は見せかけであり、擬似的な自由であった。
レイヤーという制度に逆らわずに、そこから自由になるためにはどうすればよいか。中島英樹のタイポグラフィーは、この問いに答えるものである。彼は、レイヤーを文字単位、活字単位に分割してしまうことで、それを克服する。グラフィック・デザインはレイヤーなしには存在できない。だからレイヤーを否定したり非レイヤー的な要素に擬態したりするのではなく、徹底的にレイヤーを使うのである。5文字の言葉があったら、5回レイヤーを重ね、さらに1文字を2つのパーツ(例えば「A」を「−」と「Λ」に)分割して2回レイヤーを重ねる。極端に言えば、ピクセル1つあたり1枚のレイヤーを重ねるのである。それはもはやレイヤーとはいえない。
無論、商業デザインにおいて、このような操作を文字通り実行することは、経費的にも視認性の面でも、不可能である。しかし、文字の大きさや色を文字単位で変化させたり(“Cut” magazine, No.164, 170, 2004他多数)、あるいは切り抜かれた四角い穴の上下に文字を分割して印刷したり(Clear in the Fog, 2006)、全てのレイヤーを立体化して箱詰めにした(Ryuichi Sakamoto Sampled Life, 1999)ようなデザインを見れば、分割と重合レイヤーから生じる一種の立体性・空間性が、中島英樹のデザインにつねに潜在していることは明らかである(*4)。レイヤーの重層から生じる擬似的な空間の中を、文字や単語の断片が自由に浮遊する。一見、シンプルでミニマルな中島デザインの本質には、レイヤー・コラージュをタイポグラフィーのレベルで遂行することによって、グラフィック・デザインをレイヤーから解放する、この自由な浮遊状態がある(*5)。
こうして、中島がタイポグラフィーに求めるものは、分解可能性である。明朝体やセリフ体は線描の連続性によって強く結びつきすぎていて、ゴシック体のように部分的ブロックに分解できない。そこから彼のゴシック体贔屓が由来していたのであった。

 

*1. 木村秀樹を中心に、「シルクスクリーン」を絵画でもあり写真でもある重層的メディアとして捉えなおし、その可能性を探究することで版画表現を「マキシ」マムに拡大し、工芸性のくびきから解放した運動。木村秀樹、田中孝、濱田弘明ほか「Maxi Graphica −座談会 マキシグラフィカの目指した「絵画と版画」参照。『版画芸術』106号、巻頭特集「スクリーンプリントの未来形」90-97頁、1999年。

*2. 木村秀樹「MAXI GRAPHICA 版画という謎」『関西現代版画史』関西現代版画史編集委員会編、美学出版、2007年(美学叢書 7)所収、294頁。

*3. Clement Greenberg, The Pasted-Paper Revolution. The Collected Essays and Criticism, Volume 4, p.63. The University of Chicago Press, 1993.

*4. 冒頭に参照した作品集の表紙では、「NAKAJIMA HIDEKI DESIGN」という20文字が、ゴシック体のパーツと響き合う長方形とともに、10枚のレイヤー(「ADEGIJKN」「SeHIDEKI NAK」
「長方形」「d」「長方形」「長方形」「AJIMA DESIGN」「hi」「k」
「長方形」)に分割され、物質化したレイヤーとしての半透明の紙の上に様々な濃さのグレーで印刷されている。全体として、レイヤー=トレーシングペーパーの重層から生じる半透明の空間の中に、それぞれの文字や単語の断片が浮かんでいる印象が生まれる。これはデザイナーWang Xe(ワン・シュー)の中島英樹へのオマージュと言えるだろう。彼は、中島デザインの本質を文字通り演出して見せたわけである。

*5. この原稿を書いたあとにデザイナー本人から聞いた話では、彼は実際にレイヤーを(フィルムなどのかたちで)実体化し、それらを組み合わせてカメラで撮影すると言う。中島デザインがたんなるレイヤーコラージュではなく、空気感や空間性を帯びているのはこの制作方法にもよるのだろう。音楽に喩えれば、
彼のデザインは、コンピュータ内のmp3音源ではなく、一回空気に触れた、アコースティックな響きなのであり、彼にとってレイヤーコラージュは、言わばマルチ録音なのだ。

 

↑page Top

 

------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------