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Hideki NAKAJIMA: Blog

GW終了。

2007 年 5 月 6 日

また、あっという間にGWが終わってしまった。
シマブクさんからのお勧めで、今年は沖縄と思っていたが、チケットが取れませんでした。

やり残していた、ディクショナリーから依頼されていた原稿を徹夜で書いて(なんだか、桑原さんへのラブレターのようなモノになりました)、静岡県の土肥に行って来ました。
出発前の早朝、桑原さんから返答を頂きビックリ & 感謝!

土肥は、ばななさんが、「海のふた」でモチーフにした場所。
以前近くを夕日の中を通った際、西伊豆から見える山々は、イタリアみたいと思っていた。(半島繋がりかな?)
それと、以前、吉本隆明さんとばななさんの対談の本を、デザインをした事があったので、なんだか、間接的にかかわっているので、どんな景色なのか興味津々でした。

実際は日本的な風景で、奇麗なところでした。
お湯もイイし、金山もあるし、海の砂のいろも、オレンジ色だしで、なんだか良かった。
宿で、カキ氷屋を思い浮かべながら、湯船に入った。
時間がなかったので、あまり観光らしい事を土肥では出来なかったが、釣り堀で、上の子が2匹もタイをつり上げて、びっくり&大満足。
一匹は、僕の失敗で逃げてしまった(笑)

そこから、船で沼津へ行って、2時間程、漁港を食事&探索。
古屋誠一さんが、昔、クリスティーネさんを撮影した防波堤を探したかが、時間が足りず、確認までいかなかった。
(船でここだろうか?と思ったが、やはり、その場所を足で踏みたかった)
そうそう、もうすぐ、古屋さん、ラットホールでの個展のために戻ってくるんだよなぁと、思い出しながら。

帰りは渋滞を避けるため、清水まで行った。
正解だったようで、運良く、渋滞にハマらなかった。
そして、今度は、松江泰治さんが、空撮で静岡県だけを撮った「JP-22」の作品を想像していたりしていた。
多分ここだろうという風景(上から見てないので正確な確認は出来なかったけど)を見た。
でも、まったく、想像力がそこまで行き届かなく、ただ、頭が混乱した。(笑)

なんだか、休みなのに、無意識に仕事と繋げてしまう。
もう少し時間があったらなぁと考えながら。

で、今、もう子供と事務所。
そして、これから休み明けに行われる取材に対して、資料探しと、「イン・ビトウィーン」でお世話になった、楠本亜紀さんが執筆した本「逃げさるイメージ」(最高の本です)の再読がまっている。

いいんだか悪いんだか、疲れる為にやっているとしか思えない、日本人的な行動(笑)

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一芸にたけたものは、ダメ人間とか、いろいろ。

2007 年 5 月 3 日

一芸にたけたものは、ダメ人間。
吉本隆明氏が「真贋」という本で、と、ちょっと、飛躍した言い方だけど、創作者をそう語っている。
読むと、ホントそう思う。
しかし、ダメ人間が少なくなったと嘆いているようにも受け取れる。
え?????
戦中を知ってる人からすれば、そうらしい。
想像つくけど、想像つかない(笑)

っていう事は、かなりの数でまともになった人ばかりが多数いたのであろう。
戦後で良かった。
僕自身、ダメな方だけれど、もっと、ダメな人を見て支えられて来た。
下には、下がいるなと。(笑)
もちろん、創作という点だけを、上げれば、天才肌ばかりで、そうでない人が壊れてていたら、ただの、変な人で、職業においてだけの話しが大半と思うが。
どっちにしろ、戦後では、僕は普通なので良かった。

話しは飛ぶけれど、「昔悪かった」と自分から言う人で、「ホントに悪かった人は、ほとんどいない。」
古過ぎますが、「ちょい悪オヤジ」。なんじゃそりゃ。
極端な例かもしれませんが、僕の知人、曰く、ホントに昔悪かった人は、もう、ほとんど死んでいまったそう。

「昔悪かったという人」の言葉は、大概、オンナやオヤジ殺しの、セールス・プロモーションと思うのが良い。
同じく、自分から、正反対の意味を名乗るのも、同じと思う。
だって、そういう言葉は、他人が使うセリフであって、自分からは恥ずかしくて言う事ではないだろう。
他人に何かの席で言われて、「いやぁ、まぁ」というのが、経験上、彼等の普通の感覚だ。
マフィアが自分の名刺の肩書きに、マフィアと書いたら、誰も信じないし、ただ笑えるだけの話しのようなモノだし、その逆も同じ。

大体、本来的な正義なんて、まやかしだし、スネに傷を持っていない方が、少ないはずと思う。
優れた創作者であれば、なおさらだ。
だから、われわれ創作者は、いつも、後ろめたさを感じて生きて行くのだと思うし、だからこそ、後ろめたさを感じさせない正義観を動物的な感で、すぐうさんくさく見破る力をもっているのだと思う。

GWだけれど。

2007 年 5 月 2 日

今日は、朝からシューゴアーツにて、ある美術作家の方、写真家の方と打ち合わせ。
初対面だったのだが、やっぱり、想像どおり凄かった。
いろんな腕の中に隠れた、秘密を教えてもらった。
公言出来ないが、未だに信じられない。

佐谷さんは、いつも、なんであんなに澄んだ顔をしているのだろう。
あの目が選んだものだから、全て信じられる。
そして、いろいろ教えてもらった。
また、ちょうど、中平さんの写真展をおこなっていたのだが、後の打ち合わせがあり、
ゆっくり見られなかったのが、残念。

しかし、境地だった。

帰ってから、いくつかの打ち合わせを終わらせるが、GW中に、いくつかの宿題を抱える事に。

また、絶対に、そして、どうしても見に行きたかった展覧会が既に終了してる事を知り愕然。
忘れていたわけじゃなく、ただスケジュールが、自分の勘違いだった。
本人に会わす顔がない。
あまりにも、バタバタしてたので、肝心なところが抜けてしまったのだろう。
猛反省。

休み明け、3日間のADCの審査会が控えている。
新しい、才能に出会いたいと願う。
身を引き締めなきゃ。

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おいおい、ブログも、もう、7ヶ月に入ったぞ!

2007 年 5 月 1 日

って事で、ブログを続けている。
始めたきっかけは、「クリア・イン・ザ・フォグ」にまつわるプロモーションが主で、全く、不謹慎で、不純な動機。
でも、そんな理由とも呼べない事で始める事は、個人的に大好きだ。
きっかけなんて、どうでもイイのだ。
モテたいから、ギターを始めたとか、そういう類いのモノで若さが重要だ。
気がついたら、ハマってしまい、始めの初期衝動はどこかに行ってしまい、自分も世間も知らない境地へ辿りついた話しは良く耳にする。
これは、特に、芸術に多い。
だから、「ミーハー(古語)」には、肯定的だし、むしろ大好きだ。

で、自分のブログに当てはめると、どうだろう?
全くもって成長がない。
未だに写真の掲載の方法さえ分からないし、携帯からでも打ち込めるようになっているそうだが、サッパリ出来ない。
(その前に携帯の操作さえ、良くわからない。メールは1年に5回あるかどうかだし、自分のアドレスも知らない)

マックと同様に、何度、教えてもらっても、出来ない。
だから、ただ、足踏み状態で、どんな境地にも達する事は出来ない。
我ながら、気の毒だ!

そのくせ、取りあえず、四苦八苦してるから、かなり痛々しい。
才能とか、もっと以前の問題で、深さ5cmのプールで溺れてるような滑稽さだ。
(これは、僕が、良くデザインに対してアシスタントに使う言葉なんだけど、デザイン以外の事になると、自分が当事者だ!)

セリフ(おふくろさんのように)〜〜〜
そう言えば、自分ちの電話番号を覚えられたのも、5年生の時だったなぁ〜。
今も、電話番号は、4つしか覚えられていない & それさえ、時々忘れるなぁ〜〜〜。

ダメ過ぎて、少し、清々しいくらいだ!(泣)
不純と若さがたりないのだろう!(号泣)

ミュージック グラフィティー ジャパンと、海外での失敗談。

2007 年 5 月 1 日

昨日は、表参道ヒルズの地下3階の「スペースO」で行われている、ミュージック・グラフィティー・ジャパンへ行って来た。プロデヂュースは後藤繁雄さんで、東京TDCもスポンサードしている、グループ展で、多分、3名程のレコード、CDの作品。また、海外のレコードが網羅された展覧会になっている。そこで、TDCの照沼さんから、いきなり、スピーチをその場で頼まれてしまい、アタフタなスピーチに。また、なんだか知らないが、最前列のDJブースの前にピラミッドが3つ並んでいる特等席があるのだが、その真ん中を、宇川くん、進藤さんに囲まれ、自分の手がけて来た作品があって、うれしいやら、恐縮するやら。
その後、TDCのメンバーとお茶を飲む事になったが、見失いました(笑)
で、家族がまっている、喫茶店へ。
飛び石のGWのせいか、街が人で溢れていた。

今日は、子供のサッカー大会で、調布の、味の素スタジアムまで。
6試合して、うちの子がキーパーをした時に、失点してしまい、結果負けてしまいました。
子供心に自分のせいではないかと、一人遠くへ行って、傷付いていた。
こころで、そうやって成長していくんだよと思った。
まぁ、僕の血が流れていなかったら、勝てたと思う(泣)

帰って、クリア本の抽選をした。
適当に選ぶ訳ではないし、凄い数だったので、大変だった。
早ければ、明日にでもメールにて、発表をさせて頂きます。
______________
良く聞く旅の失敗談。
20代の頃、そんな事、まったく信じられなかった。
例えば、旅じゃないけど、大切なものを電車の網棚に忘れてしまった事など。
僕は、性格が、石橋を叩いて渡る性格だから、そんな事をしてしまう意味が判らなかった
しかし、時が経つと、そんな根本もなかったように、見事にやってしまう。

気が少し抜けるせいかな?
特に海外で、そんな事が多い。
昔は、旅慣れてて、準備もしてないのに、飛行機が出る4時間前まで、呑んでいたり、してたものだ。

で、良くあるパスポートを忘れる時。
それは、ニューヨークADCの審査会の帰りで起こった。
いつものように、タクシーで空港に向かった。
あと、5分で着くなと思い、財布を捜した。
あれ?!!!!
パスポートも自宅の鍵も、財布もない。
ホテルの金庫に入れたままだった。
タクシーの運転手は、よくある事といいながら、すぐ、戻り、
部屋が運良く掃除中で人がいて、すぐ開ける事が出来き、すれすれで搭乗できた。

また、別の旅。
ベットで、うとうとしていたら、ぼんやり、高さ1cmほどの低い波が、スローモーションのように、だけど、意外に速いスピードで絨毯をなめてきた!!!
やっちゃった!
吸水力のない、固いタオルで朝方まで掃除した。
次の日の朝、正直にヘタな英語で事情を話したら、許してくれた。

また、NYでロケハンをしてる時、急に大がしたくなった。
しかし、そこは、まだ、治安の悪かった時代のハーレム。
駅のトイレに駆け込んだが、鍵は何処も壊れていた。
便器に座ったまま、つま先でドアをしめて、それでも、どうしても、3cm程あいてしまう。
NYのトイレは下が30cmほど開いている。
そこへ行ったり来たりの足が、見える。
結果、何事もなかったが、いろんな種類の汗が出た!

酔っぱらって、路上で眠るのは、風物詩のようなもの。
それが、真冬の吹雪の中であっても。

飛行機が飛べなくなったのは、何度も。
どうにもできないから、あ〜〜ア〜〜と思うしかないと考える事にしている。

去年はバカな事をした。
ちょうど、台風が東京直撃した時でした。
香港のHKDAという、ホンコンのADCに審査を頼まれた。
タクシーで渋谷まで息、そこからリムジンバスを考えていた。
心配で、テレビを見入ったら、湾岸線の通行止め。成田エクスプレスやら、京成やらも運行中止。で、タクシーをキャンセルして、望みは、首都高の京葉道のみ。
自力で視界10メートルのなかを行く事に。
発砲スチロールの箱やら、おおきな畳み大のベニヤやら、いろなゴミがめがけて飛んでくる。
看板なんて見えやしない。
で、途中なんとなく、遠くへきてしまったと感じ、スピードを限界に落として良く見てみたら、「次ぎ木更津」。
思えば遠くにきたもんだ。(泣)
途中のICを見損なってたらしい。
(ホンコンに着いてもいろいろあったが、なんとなく、前に書いたようなきがするので、この辺に)

昔、チェーンスモーカーだった。
そして、いつも、エコノミーの格安チケットだから、タバコを自由に吸える、ラウンジなんてない。
当時、ケネディー空港は、なんか、ゆるかったし、僕はいつもリュック一つ。
何度もイミギュレーションを戻って、外でタバコを吸いに行った。
黒人のファンキーで、ストレートパーマを掛けているおばさんにいい加減して、中にはいりなよと言われた。そして、あんた奇麗な髪ね〜と言われ、普通にいじくり回された。

もう、ここはだめかと思い、なんとなく、階段で吸っちゃおうと、不謹慎な気持ちに。
で、立ち入り禁止のドアを開けたら、ブザーが鳴り、あっという間に、10人程の警官かな?の取り囲まれて、銃を突きつけられた。
手を上げて、下手な英語でトイレと間違えたと嘘をいった。
やっぱ、スゲェなケネディ空港。

でも、昔は石橋を叩いて渡る性格と思ってったんだけど、夢だったのかな?